【看板屋さん必見】京都市の看板、そんな簡単に付けたらあかんえ!?~番外編:ワシが夜を作っていた。伝説の光「ネオン翁」栄光の100年の話前編~68

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【看板屋さん必見】京都市の看板、そんな簡単に付けたらあかんえ!?~番外編:ワシが夜を作っていた。伝説の光「ネオン翁」栄光の100年の話前編~

こんにちは〜!

**株式会社アメカンの「ameの方」**です☀️

このブログを昔から読んでいただいてる方。

覚えてはるでしょうか?🤔

まだこのシリーズがやった頃、一度「ネオン」について取り上げました🌃✨

あれから約1年半。

今日は改めてネオンについて……

待て。

ん?😳

前はお前がワシのこと喋っとったな。

今回はワシ自身に喋らせてもらおか。

誰やねん。

ネオンや。

本人出てきたーーー!🤣

聞く方がいい人は音声解説あるんで、よかったら♫

🌃ようやく主役や

最近は“レトロでオシャレ”とか言われとるけどな。

ワシ、昔は最先端やったんやぞ。

そうなんです😂

ネオンの歴史、実は100年以上あります。

💡ワシの始まりは1898年

1898年。

イギリスの科学者ウィリアム・ラムゼーとモリス・トラバースによって、ネオンという元素が発見されました。

電気を流すと、美しい赤橙色に発光✨

ネオン翁。

その瞬間や。ワシの人生に電源が入った。

ameの方。

ええこと言うやん😂

その後、フランスの技術者ジョルジュ・クロードによってネオン管が実用化され、1910年ごろにはパリで公開🇫🇷

当時のワシは最新テクノロジーや。

今は完全に昔話するお爺ちゃんです🤣

🇯🇵ネオン翁、日本上陸

大正時代になるとネオンは日本へ。

1918年ごろには東京・銀座で輸入ネオンが灯ったとされ、1926年には東京・日比谷公園で国産第一号とされるネオンサインが公開点灯✨

その幅、約11メートル。

大正時代に11メートルやぞ。

なんでサイズでマウント取んねん😂

戦後、日本は高度経済成長へ🚀

店が増え、ビルが建ち、繁華街が賑わう。

そして夜になれば、

ネオンが灯る。

銀座、新宿、道頓堀。

色とりどりのネオンが夜の街を彩りました🌃✨

映画の夜景、テレビに映る繁華街……

だいたいワシがおった。

盛ってへん?

盛ってへん。光ってた。

やかましいわ🤣

🔥ワシは一本一本、手作りや

ネオンは職人さんがガラス管を熱し、文字やデザインに合わせて一本一本手作業で曲げて作ります。

そこへガスを封入し、高い電圧をかけて発光✨

つまり、

光る看板でありながら、職人技の塊。

見てみ。この美しい曲線。

職人が一本一本曲げてくれたんや。

ちょっと猫背やけどな。

誰がや💢

⚡そこへ若造が現れた

そんなネオン翁の黄金時代。

しかし時代は動きます。

省エネ、長寿命、明るい、扱いやすい。

新しい光が看板業界へ広がりました。

その名は、

LED。

ネオン翁。

…………。

翁?

あいつや。

怖い怖い😂

LED君は優秀や。そこは認める。

せやけどな……。

ワシの時代、これで終わったと思ったやろ?

ところが。

ネオンの物語は、ここでは終わりません。

🌃まとめ:ワシはまだ消えてへん

LEDの普及によってネオンの利用は減りました。

職人も減り、材料やネオントランスを取り巻く環境も変わっています。

それでもネオン翁。

ワシな。

まだ引退してへんで。

次回後編は、LED時代を生きるネオン翁。

材料費高騰、職人不足、ネオントランス事情。

そして白熱球や蛍光灯とは少し違う、

“完全には消えない光”ネオンの現在に迫ります🌃🔥


というわけで今回は「あかんえ!?番外編~ワシが夜を作っていた。伝説の光『ネオン翁』栄光の100年の話前編~」でした!

本日もご拝読いただきありがとうございました!

株式会社アメカンの「ameの方」 でしたーー!!


※ちなみに「canの方」は

ネオン翁、次回も出るん?

出る。

二週連続主演?

せや。

……翁、再ブレイクしてるやん✨

その日からネオン翁、

サイン用の色紙持ち歩いてます。

誰も求めてへんて😂🌃


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